100分de名著“太平記” [終](4)「太平の世は訪れるのか」[解][字]…の番組内容解析まとめ

出典:EPGの番組情報

100分de名著“太平記” [終](4)「太平の世は訪れるのか」[解][字]

幕府を開き主導権を握ったかに見える足利尊氏・直義兄弟。だが、尊氏の側近・高師直が原因で兄弟は不和に陥りやがて相撃つことに。時代は再び、風雲急を告げる事態へ。

番組内容
足利尊氏・直義兄弟対立等の際にキャスティングボードを握るのは南朝。直義の敗北・死によって一端混乱は収拾するが、その後も亡くなり時代はさらに混乱を呈す。そして最後に時代を制するのは細川頼之のサポートを受けた足利義満。示されたのは、武家政権が滅び、それに代わる天皇親政が失敗した後、文化によって再強化された武家政権が安定をもたらすという道筋だった。第四回は、「太平記」ラストの奥深いメッセージに迫る。
出演者
【講師】能楽師…安田登,【司会】伊集院光,安部みちこ,【朗読】玉川奈々福,【語り】加藤有生子

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 文学・文芸
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
趣味/教育 – 生涯教育・資格

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  19. 公家
  20. 師直

解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)

ついに室町幕府を開いた 足利尊氏。

ようやく平和が訪れるかと思いきや

幕府の中に
新たな火種が生じてしまいます。

足利兄弟の対立は 親子の争い

更に北と南
2つの朝廷も巻き込んで

事態を
複雑化させていきます。

え~? って感じだと
思うんですよ。

何で ここで
戦いが起こるの? っていう。

うまくいくと思ったのに。
そうです。

「太平記」 最終回。

長引く争いを終わらせるには
何が必要かを考えます。

♬~
(テーマ音楽)

♬~

「100分de名著」
司会の安部みちこです。
伊集院 光です。

今月は 中世の歴史文学
「太平記」を読み解いています。

いよいよ最終回ですが 物語は後半
どうなっていくんでしょうか? はい。

まずですね 京都の北朝と
吉野の南朝に分かれてます。

北朝を擁した足利尊氏による
室町幕府が始まりました。

主に 尊氏が「武」の方を受け持ちまして

直義は 裁判などの政治方面を
受け持ちまして

そして 2人で 二頭政治をやっていく
というところから話は始まります。

この兄弟 だから 尊氏がちょっと気が弱い
弟の直義の方が しっかり者でしたよね。

この2人が力を合わせるんだったら
うまくいくんじゃないかと思うんですが。

普通だったら うまくいくんですけどね

ここでですね 高師直という
足利尊氏の一の側近。

彼が めちゃくちゃな
行動をするんですよ。

え~。 これが
大きな紛争を生んでいきます。

高師直は これまで
尊氏の戦いに 大きな功績があり

新しい幕府でも 尊氏の一番の側近。

しかし 豪奢な大御殿を構え
公家の娘を 何人も愛人にするなど

増長ぶりが
目に余るようになっていました。

兄弟の師泰は 天皇に対して

こんな不遜な発言をします。

「王はあるとも
武家こそ諸事を相計らへ。

これなくとも 事かくまじ。

もしなくて事かけば
木を以て造るか

金にて鋳て置くか
二つの中を過ぐべからず。

誠の院・国王をば
何方へも流し捨てたらんにぞ

天下のためも能く
公平にてあらん」。

天皇を軽視する 高兄弟。

その所業のひどさを 足利直義は
側近や僧侶から聞かされます。

そこで直義は 尊氏には知らせず

師直・師泰を暗殺する計画を練ります。

しかし これを ひそかに
師直に知らせる者がいました。

そこで師直 先手を打って直義を攻め
彼が逃げ込んだ尊氏の屋敷を囲む事態に。

困った尊氏 何とか とりなして
両者は和睦。

直義は これ以上 師直を攻撃する
意思がないことを示すため

政務から退き
出家することにしたのです。

とんでもない悪役が出てきましたね。
兄弟で。
ねえ。

アニメーションも
相当 悪い顔で描かれてましたけどね。

実はですね この あわいの時代に
新たな人が現れてる。

それは 「婆娑羅大名」と
呼ばれてる人たちなんです。
ほう。

普通 言えないことを
ズバズバ言っちゃったりとか

できないことを
どんどん やっちゃったりとか

価値観を どんどん壊していく。
へ~。

高師直も その代表として書かれてます。

何か 最近で言うと ホリエモンとかさ
ある意味 婆娑羅大名のイメージですけど。

もともとは 高師直は一番の側近ですし

戦功も多い
すばらしい人物だったんですけども

「太平記」では
非常に悪い人物として書かれてますね。

ある時ですね
すごい美人がいると聞いたんですよ。

ただ それが 塩谷判官高貞という人の
奥さんだったんです。

彼はですね
兼好法師に恋文を書かせたりとか

あるいは
お風呂を のぞき見したりとかですね

それでも なびかないんで…

え~ ひどい。
ほう…。

実は 文楽や歌舞伎の…

江戸時代ぐらいまで…

へ~ それ ちょっと面白いですね。

その名前が付いてると 悪いやつなんだな
っていう感じなんですね。 はい はい。

物語の方は 尊氏の弟の直義が
討とうとしますね。 はい。

直義という人は
もちろん 悪い気持ちはないわけですよ。

こんなやつを のさばらせておくと
足利家は大変だと。

だから 先手を打って
殺してしまえと思ったんですね。

直義は 政治を扱ってますから
武家だけじゃなくて

公家や寺社勢力や そういうものとも
関係を持たなきゃいけない。

すると…

この 「公」の存在になってくると

「武」の中の「武」である高師直や
その周りの人は 面白くなくなってくる。

「公」と「武」の争いに勝って

まあ どっちかというと
「武」寄りのはずだったんですけど

その中にも やっぱり
「公」と「武」があるから

このグラデーションの中で
争いがまた起こるんですね。 そうですね。

結果 だから直義のねらいは もう失敗して
出家することになりますよね。

そうですね。
この尊氏は
どのような立場だったんですか?

え~? って感じだと思うんですよ。
何で ここで戦いが起こるのっていう。

高師直は 直義を攻めるじゃないですか。

この直義が
なぜか うちに逃げてくるわけですよ。

で 自分の臣下だと思って
一番信頼してたやつが

周りを囲むわけですよね。
は~。

で もう 一番信頼してるやつにも
裏切られるようだったら

もう 俺は おしまいだと。

もう ここで討ち死にしちゃおうなんて
また弱気になるんですね。

また 尊氏は弱気ですね。
弱気ですね。

ほんとですね。
トホホってなっちゃったんだ。

足利尊氏は もう これだったら
死んじゃおうと思ったんで

いやいや
そこまでしなくていいからっていって

自分が出家することにするんですね。
ああ~。

まあ これも ある意味
尊氏の能力の一つかな。

ああ そうかもしれない。

これが 尊氏が命令するタイプだったら
いや 俺は絶対 出家しないよって。

何で 俺が
引かなきゃなんないんだよ だけど

「もう俺 死んじゃおう」って。

まあ あんちゃんに死なれても
困るしなっていう その感じ。

いや 僕の中では ほんと
相当 尊氏像は変わってますね。

全然 違いますね。
そうですね。

直義がいなくなったんで
政の部分がいなくなりましたよね。 はい。

そこでですね 自分の息子である義詮を
その代わりにつけます。

ところがね ここに もう一人
足利が現れるんですが

それが
足利直冬という人で

彼はですね 足利尊氏の
ご落胤だったんですけども

長い間 認知されなかったんで
足利直義が 自分の養子にするんです。

直冬はですね 自分の養父である直義が

今 大変なことになってる
ということでですね

兵を挙げて 向かってくるんですよ。
いや~ そうなんだ。

この直冬がですね
南朝と 手を結んじゃうんです。

直義も 南朝と
手を結んじゃうんです。

あっちに行っちゃう。
北朝だったのに。 はあはあはあ…。

もともと…

複雑な 何か親子間みたいな争いも
ついてますもんね。 そうですね。

これ めちゃくちゃですね ほんとに。
はい。

尊氏はですね 最初 直冬を討つために
備前国 岡山の方まで行ってました。

で 直義もですね 出兵してですね
京都にいる義詮を攻めるんですよ。

ここに行きますね。
勝っちゃうんです。

尊氏 まずいと思って京都に帰る。

尊氏 対 直義の戦いが行われる。

ここで 直義が勝っちゃうんです。
あら!

再び 自害も覚悟した尊氏でしたが

直義が 和睦に応じる知らせが届きます。

争いのもととなった
高師直・師泰兄弟は出家させることに。

彼らは 帰路の途中の武庫川で

2人に恨みを持つ武将に襲われ
一族もろとも殺されます。

こうして
幕府に復帰することになった直義。

しかし 一度生じた尊氏との亀裂は
修復されず 更に深まっていきます。

その後 直義は重臣にそそのかされ
尊氏・義詮と剣を交える事態に。

しかし結局 この戦いに敗れ 降伏。

最後は 荒れ果てた屋敷に 一人 暮らし

僅か2か月後 急な病を得て
この世を去りました。

「黄疸と云ふ病に侵されて

はかなくなり玉ひぬと
披露ありしかども

鴆毒に侵されて
かやうになり玉ひけるとぞ

私語きける」。

直義 亡くなってしまったのが
ちょっと不憫ですね。 そうですね。

しかも これは
「太平記」に書かれてないんですけども

尊氏によって殺されたんじゃないか
という うわさまであるんですね。
は~。

真相は分からない。
そうですね。

けども その書かれてることを
読んだ人たちは

ありえるなと思って
読むわけですよね。 そうですね。

この直義の死は
今後 何をもたらすんですか?

こんな ぐちゃぐちゃしてますでしょう
北朝が。

ああ そうか。

南朝には ここにある
直冬とか それから…

南朝がですね
京都を攻略していきます。
ほう。

そして
後醍醐天皇の息子の 後村上天皇

彼がですね 京都まで近づいて
男山八幡 八幡まで来るんですね。

後村上天皇というのは
後醍醐天皇の子ですね。
はい。

一瞬 京都が
南朝のものになるんですね。

ところが
そこから また戦いがあってですね

結局 尊氏が勝つんですよ。

これ「太平記」では 尊氏は強運の持ち主。

それに対して 南朝には運がないって
書き方をしてますね。

運で片づけるには
尊氏という人は 何か不思議ですね。

何か とても不思議な何かを持ってる
感じがしますね。

そうなんです。
すごい何かを持ってるんですけども

そんな尊氏も ここで 急に
亡くなってしまうんですよ。
はあ~。

死因はですね できものが
できたんじゃないかといわれてるんです。

病気ですか。
はい。

ただね これが 今までの亡くなった方に
比べて 描写がとっても簡単なんです。

え? え? 何か最後の言葉とか。
言葉がないんですね。

不思議ですね。

かなり キャラクターとしては
立ってるじゃない。

で 長きにわたって出てるじゃないですか。
なのに ここは あっさりなんですか。

それは 今回のテーマの一つである
弱いリーダーですね。

でも 夢窓国師という
偉い禅のお坊さんがですね

尊氏のことを 物欲が全くない
すごい いい人だって書いてるんですよ。

しかも 負けそうな戦いに
尊氏が出ていくと勝っちゃうんですね。

ですから 人望はあり 運もあり

でも 弱い人というのが
尊氏だったと思いますね。

むしろ 弱い能力ばかり
触れられてるのに

何かこう トップに立っちゃうというか

立っていられちゃう感じって
面白いですね。

私は こう 尊氏を読むとですね
いつも こう…

私 能のワキ方なんですけども
主人公 シテですよね。
はい。

シテが出てくるのを ワキは呼ぶ。

でも シテが舞い始めたら

ワキは ワキ座という場所に座って
ただ それを見守ってる存在なんですよ。

尊氏は 後醍醐天皇や新田義貞や
楠木正成 直義を

静かに見守ってる存在として
いたんじゃないかと思うんですね。

このあとは
どう展開していくんですか?

幕府方につく武将が
どんどん増えていってですね

南朝は どんどん衰退していきます。

そんな時に 南北朝の争いの終焉を
予感されるような ある出来事が起きます。

それはですね 北朝のですね 光厳…

もう天皇をやめてまして
院になってるのが

後村上天皇を訪ねていくという
お話があるんですね。

山深い吉野を歩いて訪れた
北朝の光厳法皇。

南朝・後村上天皇は 驚いて迎えます。

「『さても只今の光儀
寤めて後の

夢の中の迷ひかとこそ
覚えて候へ。

何なる御発心にて
候ひけるぞや。

御うらやましくこそ』と
申させ玉ひければ」。

「法皇 御泪に咽ばせ玉ひて

且くは御詞をも出だされず」。

法皇を羨ましいと言う 後村上天皇。

法皇は 激動の時代に翻弄された人生を
振り返ります。

「哀れ 早晩山深き栖に
雲を伴ひ 松を隣として

心安く生涯をも暮すべきと
心に懸けて これを念じ

これを思ひしところに 天地命を革め
譲位の儀 出で来たりしかば

蟄懐一時に啓けて
この姿に成りてこそ候へ」。

乱世に振り回された人生の果てに
仏の道に入った 法皇の言葉。

2人は 涙を流し合ったのでした。

何か とても美しく
感動的なシーンですね。

後村上天皇が…

…と言いますよね。

もう これは夢だと言ってるんですね。

で よく考えれば
自分も それから法皇も

何か 争いはしたくないでしょうと
言ってるんですね。

自分たちも
ある意味で犠牲者なんですね。

で どうあっても譲れない立場の人同士が
こんなに心開いて 話をするんだ。

夢のような会談ですね。
はい。

これを思い出すのが…

後白河院が 平家の盛衰を全て見た
建礼門院を訪ねていきますでしょう。

建礼門院が 自分の一生は
天から地獄までの六道は 全て見たと。

そんなふうに言ってる姿に
すごく似てるように感じますね。

恐らく 後村上天皇の気持ちを
分かりますよ なんて

言ってくれる人はいないし 後村上天皇も
いないって諦めてると思いますよね。

なるほど。
かなわないだろ
そんなことって思ってることが

ここで かなうんでしょうね。

まだ だいぶ先の話になるんですけども

これが多分 南北朝の 一緒になる
きっかけになるんですよ。

ああ…。
はあ~…。

「太平記」 最後に記されるのは

足利義詮の息子 義満が
幼くして三代将軍に就任。

細川頼之が補佐役として
幕府の政治を統轄したこと。

「細川右馬頭頼之 この比
西国の成敗を司つて

敵を亡ぼし 人をなつけ

諸事の沙汰の途轍 少し先代の時

貞永・貞応の旧規に相似たりと云ふ
聞えありける間

外相・内徳 げにも人の言に
違はざりしかば

氏族も これを重んじ
外様も かの命を背かずして」。

平和な世の中が訪れました。
めでたし めでたしと。

細川頼之が補佐をしたことによって

まだ幼かった義満が
ちゃんと将軍になっていくんですね。

聞いたことない言葉だったと
思うんですけれども 「中夏無為」。

これは安田さん どういう意味ですか?

「中夏」というのは 今の中国のことを
中華っていいますでしょう。

それと もともと同じで 文化の華やかな
世界の中心であるという意味なんですね。

ただ ここでは
日本のことを指しています。
へ~。

で 「無為」には 2つ意味がありまして

一つは 平和だ 平安な時代になった
という意味とですね

もう一つは 無為。 何もしない。

1回目に 王はですね
北極星のように そこにいれば

他の星が 拱手の礼をすると
いいますでしょう。

このような無為ですね。

そんな世の中になりました
という意味ですね。

何もしなくて よくなった。

逆にいうと 平和だからこそ何もする
必要がないというか。 そうですね。

この太平が訪れた時代なんですけれども
安田さんに イメージを伺うと

金閣寺だと おっしゃったので
絵にしてみました。
ほほう。

これ 安田さん
どういうことですか?

金閣というのはですね

1階が寝殿造で 貴族風なんですよ。

2階が書院造なんで 武家風なんです。

3階になると 今度は禅宗様式で

貴族も武家も宗教も 一緒になってる。
はあ~!

義満は 今まで
「公」と「武」が戦ってましたでしょう。

この「公」と「武」の戦いを止める
あるいは…

ちょっと 「文化」という言葉を
考えてみたいんですが

文化というのは
この宋学でも大事にした

「易経」という
占いの易の本から出てるんです。

これは 「文によって化成する」
という意味なんですね。

化成というのは 変化をさせて

すばらしいものとして
完成させるということなんです。

そのためのツールとして 文を使う。

文というのは飾り
修飾を「文」というんですね。

例えば 空を見ると
星が いっぱいある。

だけど この星って ただ見るだけだと
満天の星だと認識しませんよね。

ところがそこに星座というものを入れると
突然 星が見えてくる。

それを 天の文と書いて
「天文」というんです。

そういう飾りによって
何かを化成することを文化というんです。

今まで とても大事にしていた
物とか 土地とか

それから この時代だと武力とか
そういうものじゃなくて

何か そういう…

それを完成したのが 義満ですね。

「太平記」
ここで もう終わりを迎えますけども

安田さんからご覧になって 今の時代に
読む意味というのは どうお考えですか?

私 90年代に
3DCGの本を書いたんですよ。
はい はい。

で プレステのゲームの
プロデュースもしたんです。
はい。

その関係で 今…

で 今 メタバースが 今年から
すごく注目されてますでしょう。

今回のコロナによって会社に行かないとか
学校に行かないという

メタバースで生きるという生き方も
これから ありかもしれない。

身体ではなくて
デジタルで生きるという生き方。

これが 実は
リアルになるかもしれないですね。

そういう意味では
今 当たり前だと思ってることを

そろそろ再定義しなきゃならない。
はい。

例えば 人とは何なのか

現実とは何なのか
あるいは 死とは何なのか

そういうものの あらゆる再定義が
今 求められてる時代で

そのためのヒントが
「太平記」にあるんじゃないかと思います。

とんでもないとこに
つながりましたね。 ええ。

いや でもね
確かに 僕 そうだと思うんですよ。

公家の世の中が いい世の中だ

武士の世の中が いい世の中だって
争ってる時に

さあ 果たして いい世の中とはって
なるじゃないですか。

例えば 毎日 会社に行かなくていい方が
いい世の中なのか

ちゃんと顔を合わせるのが
いい世の中なのかって

今 混沌としてるじゃないですか。

そん中に 会社に行かないに
こだわるわけでも

行くに こだわるわけでもない
正しいことというのを

多分 見つけていかなきゃなんないと思う。

やっぱり 後醍醐天皇は

公家に こだわりすぎたな
という気するんですよ。 はい。

もう 公家制度に戻したいっていう
感じだったじゃないですか。

俺 あれが
つまずいたと思うんです。 はい。

僕なんかは あそこに ちょっと
ヒントを見ましたけど。 そうですね。

安田さん ありがとうございました。

ありがとうございました。
ありがとうございました。

♬~

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