出典:EPGの番組情報
先人たちの底力 知恵泉 温泉スペシャル(1)「文豪たちの名湯活用術」[解][字]
疲労回復に美肌効果。温泉の効能が恋しくなるこの季節、心身をリフレッシュさせ、アイデアや活力を得るために温泉の達人・文豪たちに学ぶ。越後湯沢や群馬の秘湯に感動。
番組内容
温泉の知恵を2週連続で楽しむ。1回目は現代人も使える文豪たちの温泉ノウハウ。名作『雪国』の執筆で川端康成は越後湯沢の名湯に宿泊。ぬる湯でほのかな匂い。地元ならではの食材や人々との交流。川端の感覚は研ぎ澄まされて…。人生に疲れた夏目漱石は九州・絶景の温泉へ避難。そこで漱石は湯と同化してしまう。歌人・与謝野晶子は、なんと全国100以上の温泉を踏破。いつまでも生き生きしていたい晶子、それを支えた信条とは
出演者
【出演】チームラボ株式会社代表取締役…猪子寿之,漫画家…ヤマザキマリ,温泉評論家…石川理夫,【司会】新井秀和ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 歴史・紀行
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般
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キーワード出現数ベスト20
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- リラックス
- 猪子
- 発想
- 味覚
- インスピレーション
解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)
身も心も冷え込む季節。
こんな時は あったか~い知恵
いかがですか?
いや~ いいお湯だ。
どうも 「知恵泉」店主の新井でございます。
今日はですね
極上の温泉の知恵があると聞いて
はるばるやって参りました。
皆さん どうぞ ゆったりとご覧下さい。
はあ…。
いにしえの時代から 古今東西
あらゆる人々の心と体を癒やしてきた…
そんな温泉からパワーをもらい
数々の名作を世に送り出してきたのが
日本の文豪たちです。
例えば 日本人初の
ノーベル文学賞を受賞した 川端康成。
代表作「雪国」の着想を得たのも
温泉でした。
新たな発想を生む温泉の効果とは!?
文豪 夏目漱石が訪れたのは
名作「草枕」の舞台となった名湯です。
当時 漱石の悩みのタネとなっていた
夫婦関係。
それを解決するため
なんと 温泉へ逃亡!?
一体 なぜ?
近代を代表する歌人…
11人もの子どもを育てながら
舞い込む仕事を次々こなす
ワーキングマザーでした。
しかし その裏で
全国100か所以上の温泉地を踏破。
晶子は なぜ そこまで
温泉を追い求めたのか?
文豪たちの知恵を読み解くのは
アート集団…
先端のデジタルテクノロジーを
駆使した作品で
世界を驚かせています。
そんな猪子さん
実は お風呂とサウナが大好き!
去年 アートとサウナを融合させた
全く新しい作品を発表し
話題を呼びました。
温泉を愛する文豪たちと
気鋭のクリエイターが夢の共演!
「温泉スペシャル」 とくと ご賞味下さい。
いや~ ということで 今日は温泉
文豪たちの温泉の知恵をね
ちょっと見ていこうと
思うんですけれども。
ヤマザキマリさん
温泉と文豪 どんなイメージですか?
まあ やっぱり 日本で文学というと 何か
こう 温泉が必須でついてくるみたいな
そういうイメージがありますよね
やっぱり。
皆さん こう 行き詰まれば
温泉に缶詰めになって 作品を仕上げる。
あと 私が尊敬してやまない
漫画家の つげ義春さん。
つげ義春さんの漫画を読むと
度々 やっぱり 温泉の描写が出てくる。
もう それで 本当に
お風呂に入りたくて入りたくて
温泉行きたくって 後々 それが私の作品に
つながることになるんですけど。
さあ そして 温泉の歴史と文化に詳しい
石川理夫さんで
いらっしゃいますけれども。
温泉で執筆する作家さんっていうのは
多いんでしょうかね?
もう 温泉といえば 文豪ですよね。
ああ。
もう一つ やはり…
ただ執筆をするだけじゃなくて
やっぱり 温泉場っていうのは
もう とにかく
いろんな人が集まる場所ですよね。
ですから そこで交流をする。
それが いい意味での
自分の創作の刺激になっていく。
ある意味では…
それ ありますよね。
いらっしゃいませ。
これはこれは お待ちしておりました。
猪子寿之さんです。 ようこそ。
よろしくお願いします。
どうぞどうぞ こちらに。
猪子さんもね お風呂 サウナ
大好きと伺ったんですけど。
そうですね。
もう 必ず寝る前に入らないと
もう 何て言うんですかね
寝れないぐらい。
一日が終わらない。
はい はい…。 なので 海外行くと
風呂タブがないホテルがあったりするんで
結構遠くても
とにかく 風呂タブがあるようなホテルを
探しちゃうんですね。
さあ 今日はですね こんなメニューを
まずは ご用意いたしました。
こちらでございます。
ということでね 鶏皮バター。
鶏皮バター 皮バター。
といえば みぞれですよね。
雪のように真っ白な大根おろし。
「雪国」… ええ。
何で みんな 下向いちゃうんですか。
(笑い声)
いやいや… おいしそうですね。
はい。 ということでね まずは
川端康成の知恵から ご覧下さい。
この有名な一節で始まる
川端康成の小説「雪国」。
川端は 実際に雪国に足を運び
その自然や風物を
作品に描いたといいます。
昭和9年 川端が 小説の着想を得るため
やって来たのは 越後湯沢でした。
そのころの町の写真が
資料館に残されていました。
当時 ようやく鉄道が開通したばかり。
素朴な暮らしが残されていました。
川端は そうした情景を
丁寧に拾い上げることで
物語の世界観をつくり上げていきます。
どこか切ない郷愁と
豊かな叙情性をたたえた作品世界。
その発想の秘密は どこにあったのか?
川端は 町の老舗温泉宿に泊まり
五感を通して
小説のヒントをつかんでいきます。
こんにちは。
どうも いらっしゃいませ。
お世話になります。
今日は よろしくお願いいたします。
宿の女将…
まず案内してもらったのは
川端のお気に入りだったという部屋。
広さ8畳の和室。
川端は ここで 極上の視覚への刺激を
得ていたことが分かります。
障子を開けると…。
部屋にいながら 町が一望できる
絶好のロケーション。
かなたには
2, 000メートル級の山々が連なります。
川端は 雪国の情景を
最も感じられる部屋を選び
視覚からインスピレーションを
得ようとしていたようです。
続いては 川端が聴覚の刺激を受けた
という場所へ。
かつて ここには 温泉に入りに来た
地元の人々が集う いろりがありました。
川端は
地元の人々の生の声を通して
雪国の暮らしを
リアルに感じ取っていたのです。
そして いよいよ
川端が愛した温泉へ。
お湯は 源泉かけ流し。
川端は すぐに
その温泉の効果を感じ取りました。
実は この川端の愛した温泉にも
発想の秘密があるというのです。
いや~ 川端康成さん
どこに発想のヒントを得たんだろう…。
ということで
店主自ら やって参りました!
今回は私自ら 川端の愛した
温泉の秘密を探ります。
調査に協力して下さるのは
温泉医学の第一人者…
この 温泉から発想のヒントって
分かるもんなんでしょうかね?
入って下さい。
入れば分かりますか。
いや~ 失礼します。 うお~。
はあ…。
気持ちいい…。
色は 無色透明なんですよね。
香りはね 温泉独特の香りが
少しするかなっていう感じで
うん…
あとね 入りやすい温度なんですよ。
ぬるめの。
あの よく こう 温泉入る時って
ふっと構えて 入らないといけないところ
ってありますけど
ここはね スーッと入って。
そうなんですよ。
そうしますと…
ぬる湯で ゆっくり体を温めると
副交感神経が活発になります。
これには 心身を
リラックスさせる効果があります。
川端も このぬる湯に
30分以上 じっくりつかり
リラックスした時間を
過ごしたといいます。
これがいいというふうなことが
見いだせるようなものになるんですね。
恐らく…
そうか。 頭が吸収するためには
まず 頭をリラックスさせて
解放させてあげると。
小説のヒントを探している時
脳には 外からのさまざまな情報が
インプットされていきます。
温泉で脳がリラックスした状態になると
頭の中の情報は取捨選択され
整理されます。
これが
新しい発想の糸口になるというのです。
つまり 川端は この地を訪れ
五感を通して
さまざまな風景や人々の様子を
情報としてインプット。
その膨大な情報が 温泉の中で整理され
物語に結び付いたかもしれない
というのです。
リラックスして
記憶を整理するっていうことは
もしかしたら ここで
「国境の長いトンネルを抜けると」って
あの一節が
生まれたかもしれないですよね。
雪国の恵み 温泉に支えられ
川端の作品は産声を上げたのです。
う~ん 気持ちよかったですね。
羨ましい。
この舞台になりました越後湯沢の
自家源泉宿なんですけれども
これ…
泉質としましては。
これ…
非常に肌に…
つるつるすべすべしますよね。
私も入った時ね
ちょっと すべすべしましたよ。
あっ そうですか。
川端康成っていうのは
とても 湯のにおいとか
においにこだわる敏感な方ですよね。
そういう意味では
もうね やはり 創作活動
作品のインスピレーションをね
この自家源泉宿の温泉に入ることで
一層 こう インスパイアされたんじゃ
ないかなという気がします。
でも ヤマザキさんも やっぱり
執筆活動 追われてる時っていうのは
温泉に行きたくなることもある
っていうことですよね。 もちろん。
でも もう やっぱり
そう しょっちゅう
温泉にばかり行けないので
私 今…
一日3回?
朝と あと 昼間1回
そして 寝る前に必ず入るんですけど
猪子さんと同じように。
で それは 何でかっていうと やっぱり
漫画の原稿 ずっとやってても
行き詰まってきて だんだん
自分が描いてるものの何が面白いのか
だんだん
分かんなくなってきちゃうんですよ。
こんなもの 人様に見せるのか…。
ところが 一旦 お風呂に入って
今みたいな…
整理されてたじゃないですか。
完全白紙状態にして
何にも考えずに 出てきて 見ると
「あっ 面白いじゃん これ」っていうね。
やっぱり そういう 何だろうな…
そういう形で稼働するのが分かるので
お風呂に入ると 脳がね。
なるほど。
どうですか 猪子さん
温泉から さまざまな
インスピレーションを受けたって
今 お話ありましたけれども
どうご覧になりました?
まあ でも 雪国なんで
めちゃくちゃ外気 寒いじゃないですか。
だから すっごい 体 あったまって
もしかしたら まあ 少し休むと
結果的に…
なるほど。
「ととのう」なんて
ここ最近聞いた言葉ですけれども
実は もう この時代から…。
多分 僕は ず~っと昔から
実は 無自覚にやってたんじゃないかなと
思うんですね。
温冷交代浴と。 ほう~。
…みたいなことを よく昔からね
いろんな人が言ってますけど
やっぱり 自分の心が変わると
世界の見え方が
変わっていくんじゃないですかね。
でも 五感っていうのがね
一つ 今 テーマになってましたけれども
猪子さんの作品でもね これですね。
東京 豊洲で展示されている作品
ということなんですけれども
これ 本当にね この空間にいると
そこに没入できる空間だと思いますし
あと これなんか これ…。
お風呂? お湯? これ お湯?
一応 あの えっと
水に入るっていう作品なんですけど
実は もう 冬は
お湯にしてしまおうと思って
36度ぐらいに。 人肌。
はい そうですね。 入れますね。
無自覚ですけど
足湯みたいなもんですよね。
特に ここは もう 体ごと
作品の中に入り込んで
作品と一体に…
体ごと一体になるっていうのを
テーマにしてるんですね。
ここまで来るかっていう
何て言うか 心地のよさの究極の…
心地のよさだけじゃなくて
ととのえるという意味で
人に必要なのは 本当に いろんな感覚を
まあ 十分フルにね 満たすってことが
大事だけど
こんなふうに いっぺんに
いろんなものが情報として入ってきて
しかも リラックスできるという意味では
究極じゃないですかね。
いや もう これは…
川端は その 越後湯沢で
いろんな五感 刺激してましたけれども
実は まだ紹介していないものが
一つありまして
それが 味覚なんですよね。
ということで ご用意したのは
「木の芽」と呼ばれる
アケビの新芽のおひたしと
細いタケノコの「姫竹」。
どちらも 川端が現地で食べ
絶賛した「味覚」です。
ああ 春の味だ。
おいしいですね やわらかい。
やわらかい。
ちょっと こう 春を感じる食材…。
初めてです。 驚きました。
食べながら あの「雪国」っていうものを
書いたのかもしれないですよね。
実は 私も 漫画の「テルマエ・ロマエ」で
あのローマ人が
秋田県のお風呂に バッて出てきた時に
食べるのが 姫竹なんですね。
これに魚醤をかけて食べて
「わあ これはローマに再現させよう」。
姫竹っていうのは やっぱり 何かこう
雪… 北の湯治場とかに割と出ますね。
東北ですね。
東北圏内だと 姫竹。
シンプルなんだけど
やっぱり 何でしょうね
湯治っていうのは やっぱり 味覚も
ものすごく原点に返って
いろんなものに毒されない感じで
本当に自然の生んでくれた味覚を
素直に おいしく頂くっていう意味では
ものすごい… そういった意味での
味覚の湯治っていうのもあるんだなって。
味覚の湯治。
さあ 続いての文豪はですね
こちらなんですね。
夏目漱石ということですけれども
大の温泉好きということで
「坊っちゃん」ではね 松山の
道後温泉なんかも出てきますけれども
そんな漱石がですね
若き日に訪れた温泉での知恵
ご堪能下さい。
作家 夏目漱石。
国内だけでなく
中国の温泉にまで足を運ぶ
無類の温泉好きでした。
そんな漱石が 明治30年に訪れたのが
熊本県玉名市の小天温泉。
その経験をもとに
小説「草枕」を執筆しています。
住みにくい この世を生き抜くため
漱石は ここで
どんな知恵をつかんだのでしょうか?
明治29年
漱石は 熊本の第五高等学校に赴任。
英語教師として
忙しい日々を送っていました。
そんな中 私生活で大きな変化を迎えます。
「結婚」です。
妻 鏡子は 政府高官の父を持つ お嬢様。
漱石は 生活リズムや価値観の違いから
衝突することになります。
例えば ある日の朝…。
鏡子! 鏡子!
何時だと思ってるんだ!
お嬢様育ちの鏡子は 朝が苦手。
出勤する漱石に 朝食の用意が
できないことも しばしばでした。
そんな二人の間に 大きな亀裂を生む
事件が起きてしまいます。
夫婦になって初めて迎えた正月。
鏡子は張り切って
ごちそうを用意したのですが…
漱石の生徒たちが大挙して訪問。
あっという間に 鏡子が作ったごちそうを
平らげてしまったのです。
それを見た漱石 「料理が足りない!」と
思わず憤慨してしまいます。
しかたなく
鏡子は 夜遅くまで料理を作るはめに。
夫婦の初めての正月は
気まずいものになってしまいました。
そして 1年後。
夫婦にとって
2度目の正月を迎えようという時に
漱石は ある行動に出ました。
漱石は なんと 妻を家に置いて
温泉で年越しをすることにしたのです。
漱石さん 仕事も家庭も
全て嫌になってしまったんでしょうか?
でも そうではなかったんです。
この時のことを
後年 妻 鏡子が語っていました。
無理に家庭に居続けるのではなく
一旦 距離を置いた方が互いに休まると
漱石は 冷静に判断したのです。
静ひつな山里の温泉で 漱石は
しばし 日頃の悩みから解放されます。
1週間ほどの滞在の中で 漱石の中に
ある思いが芽生えていました。
自らの思いを詠んだ句が残されています。
家に残してきた妻が気がかりで
寝つけなかったというのです。
漱石は 温泉という 日常から離れた場所に
あえて身を置き
妻との関係を
見つめ直そうとしたのかもしれません。
温泉の滞在から1年5か月後。
漱石夫婦に 第一子が誕生しました。
漱石は 作家となってからも
生涯 温泉を愛し続けました。
そして 鏡子と協力し
7人の子を育てていったのです。
温泉の歴史にも詳しい石川さん
どうご覧になりました?
まずですね
この舞台になりました小天温泉
これね
よく使う言葉なんですが…
真正面に 有明海
そして すぐ前に 島原半島と雲仙岳が
そびえてるんですね。
それで もう 段々畑 全部みかん畑で
そこに ほんのりと お湯が湧いてると。
もう こんなところだと こう もう
浮世を忘れますよね。
とても 避難場所として 絶景の場所に
行ったという感じがしますよね。
これは もう いわゆる アジールという
言葉があるんですけれども
誰も侵してはいけない
神聖な平和領域という。
だから 我々にとっても そういう
避難場を見つけておくっていうか
キープしておくっていうのは
とっても 生活の知恵として
大事な気がしますね。
温泉に フッて出かけるだけで
ちょっと それまでの時間の流れ方が
急に変わるわけですよね。
すると それまで わ~っと
慌ただしくなっていたものが
急に落ち着いたりとか
いろいろ やっぱり…
ヤマザキさんがおっしゃってたように
何か 温泉地って 本当に
何か特殊な自然環境があったり
もしくは 古いものが 本当に そのまま…
長い歴史があるような場所が多いので
それが まあ 時間みたいなものが
色濃く残ってますよね。
都会だと まあ 都会も もちろん時間
長い時間あるんだけど
それが残ってないので
そういう場所で 本当に 湯につかると…
もしくは…
そうする行為を通して 何か
すごい大げさですけど 何か…
そうすると まあ
日常の 本当に細かいことが
いい意味でね
どうでもよくなるんじゃないですかね。
さあ そしてですね 本日最後はですね
温泉愛なら誰にも負けないという文豪を
ちょっとご紹介しようと思います。
情熱的な恋の歌で一世をふうびした…
実は
なみなみならぬ温泉愛好家だったこと
ご存じでしたか?
晶子は
日本全国の温泉地を渡り歩きました。
その数は なんと104か所に上ります。
なぜ 晶子は
そこまで 温泉にこだわったのか?
そこには
晶子の ある知恵が隠されていたのです。
明治34年 晶子は 大恋愛の末に
師匠だった与謝野 寛と22歳で結婚。
2人は 実に11人の子どもを
育てていくことになります。
そのため 家計は火の車。
生活費や子どもの教育費に加えて
雑誌出版の費用など
多額の出費に直面しました。
当時の晶子の状況を物語る品があります。
晶子の着物です。
よく見ると 執筆によってついた
インクや墨の跡が点々と。
家計を支えるため
晶子は 全国各地へ盛んに出張します。
その仕事の内容を物語る資料が
残されていました。
当時52歳になっていた晶子は
別府のホテルが主催するイベントに
ゲストとして出席します。
それは 町おこしのため開かれたという
手のひらの大きさを競う大会。
本業の歌とは直接関係ない仕事にも
熱心に取り組みました。
多い時には 一年のうち3か月近くも
出張に費やした晶子。
そんな多忙な状況でも 歌人として
自分を磨き続ける知恵がありました。
別府に滞在していた晶子は
仕事の合間を縫って
由布院の温泉宿へと足を伸ばします。
疲れた体を温泉で休めながら
晶子は3日間 歌作りに没頭しました。
木々の葉が落ちる季節を詠んだ歌です。
晶子は 新しい刺激を求めて
行ったことのない温泉にも
次々 足を運んでいきます。
その一つ 群馬県の…
あまりに山奥だったため
晶子は当初 戸惑いを隠せませんでした。
しかし ここの温泉を見た瞬間
晶子の心は動きます。
さし込む光と湯気が溶け合う
静ひつな空間。
晶子は 一目で気に入ります。
浴槽に渡された 木の丸太。
旅慣れた晶子でも
珍しかったのでしょうか。
こんこんと湧き出る湯に 身を委ねながら
こんな歌を残しています。
晶子が3日間の滞在中に作った歌は
全部で99首。
初めて訪れた この温泉での体験が
豊かなインスピレーションを
もたらしたのです。
各地の温泉地の由緒や情緒に触れ
創作の糧とした晶子。
新鮮な刺激を求め まだ見ぬ温泉地へと
冒険していったのです。
晩年まで旅をし続け
63歳で亡くなった晶子。
こんな言葉を残しています。
でもね 与謝野晶子さん…
すごいですね。
石川さん これ どうなんでしょう?
よく調べましたよね。
多い方ですよ。
そんなに巡る人って どうですか。
夏目漱石も行ってませんね。
すごいですね。
ヨーロッパの温泉療法では
転地効果っていうのを
非常に推奨しますけど。
転地効果。
これは まさに 転地療法というか
転地効果ですよね。
これは もう
創作のための転地効果ですから
きっと
与謝野晶子さんもそうですけれども
自分が 今度 北海道に行ってみようと
または 九州に行ってみようと…。
何か 違った環境に自分を置くことで
自分に新しい刺激
先ほどの インスピレーションを得る
想像力の泉をもう一度湧き上がらせる…。
そういう意味で 転地効果っていうのは
大事かなと思いますね。
はい。 ここは 何せ…
で やっぱり
ああいうスタイルのお風呂っていうのは
もう そんなに もうない。 ああいう木枠の
そして 丸太の枕に頭を委ねて
しかも 混浴であるっていう。
まさに 時間の流れを今から食い止めて
独自の法師温泉の時間を
生み出しているというか。
すばらしい。 やっぱり 人里離れてて
ほかに 周りないんですよね 温泉が。
一軒宿なので そこもまた 隔離感があって
すばらしい温泉だと思います。
与謝野晶子の言葉がね…
…っていうことだったんですけど
猪子さんなんか この辺り どうですか?
僕もね 本当
世界中 いろんなところに行くんですね。
例えば 中国奥地のハニ族の棚田。
1, 400年ぐらい
ハニ族 棚田作ってるんですけど
そういうとこ行ったり
アイスランドまで行ったり
いわゆる いろんな世界中の遺跡だったり
自然環境の特殊な場所 よく行くんですね。
例えば…
そういうものって 何か…
そんな気がするんですよね。
遺跡と同じように
何か長い時間を感じるようなものを
作りたいと すごい思うようになって。
で 例えば…
佐賀の。
そこの もう 廃墟になった大浴場
使われてない 完全に森の中に
廃墟になった大浴場があるんですけども
その廃墟の大浴場に
もう一度 水を張って
何かこう 光のかたまりみたいなものが
その大浴場を突き破って
こう 存在してるような
そういう作品を作ったりしてます。
多分…
コロナ禍みたいな…
まあ 海外に行けないじゃないですか 今。
そんなに簡単に。
そうした時に やっぱり この日本が
温泉大国であるということに対する
ありがたみが 非常に強く感じられる。
そうですよね。
さあ 次回はですね 日本のみならず
世界の 更にディープな温泉の知恵を
ちょっと見ていこうと思いますので
ぜひまた ご来店頂ければと思いますので
お待ちしております。
今日は ありがとうございました。
(一同)ありがとうございました。
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