こころの時代~宗教・人生~「それでも、信じる 負け続ける元裁判官」[字]…の番組内容解析まとめ

出典:EPGの番組情報

こころの時代~宗教・人生~「それでも、信じる 負け続ける元裁判官」[字]

「伝説の裁判官」とよばれる木谷明さん。彼をモデルとしたマンガやドラマも制作された。被告人の話を徹底的に聞き、向き合う姿勢はいかにして生まれたか、その半生を聞く。

詳細情報
番組内容
無罪判決を30件以上確定させたことで知られる元裁判官、木谷明さん83歳。信念としたのは「疑わしきは罰せず」。真犯人の処罰も同時に求められる刑事裁判で、えん罪こそ最大の不正義だと被告人の話を徹底的に聞き続けた。幼少期の体験、裁判官としての姿勢を形作った先輩との出会い、被告人からの裏切りと心の交流。神ならぬ人間が、人を裁く意味とはなにか、そして、つぐなうとは。聞き手は詩人で作家の小池昌代さん。
出演者
【出演】木谷明,小池昌代,【朗読】玉腰佳宏,【語り】森山春香

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
趣味/教育 – 生涯教育・資格
福祉 – 社会福祉

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解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)

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その人は
裁判で 負け続けています。

83歳 現役の弁護士 木谷 明さんです。

主に 刑事裁判で
被告人の弁護を続けていますが

勝ったことは ほとんどありません。

♬~

♬~

木谷さんが 多く手がけてきたのが
裁判のやり直しを求める 再審請求。

しかし ほぼ全ての請求が
棄却されています。

全国で 年間300ほど出される
再審請求のうち

認められるのは 僅か2~3件のみ。

「開かずの扉」とも呼ばれます。

殺人と死体遺棄の犯人とされた女性が

20年近く 再審を求めていた事件でも
訴えは退けられました。

木谷さんが 最近 取り組んでいるのが

「窃盗症」と呼ばれる精神疾患を抱える
被告人の弁護です。

病が原因で 盗みを繰り返す人には
刑罰でなく 治療が必要だと訴えています。

しかし 去年の裁判で またしても敗れ
被告人は 刑務所へと送られました。

実は 木谷さん もともと裁判官でした。

その間 異例の実績を残し
「伝説の裁判官」とも呼ばれてきました。

その理由は 無罪判決の多さ。

起訴されれば 99%が有罪になる
日本の刑事裁判で

無罪判決を 30件以上 確定させました。

その数は
裁判官の中でも際立っていました。

木谷さんが信念としたのは
この像が表わす 裁判のあるべき姿でした。

ギリシャ神話に登場する…

目隠しは 先入観や偏見の排除

手に掲げる天秤は
公平さを表わすとされます。

漫画のモデルにもなった
伝説の元裁判官。

なぜ 負け続けながらも
裁判の場に立ち続けるのでしょうか。

聞き手は 詩人で作家の小池昌代さんです。

ああ ごめんなさい どうも。
小池昌代です どうも。

はじめまして 木谷です。

今日は よろしくお願い致します。
よろしくお願い致します。

小池さんは 詩人として活動する傍ら

法律雑誌の編集に
長く携わっていました。

あの 私は「判例タイムズ」
そこにもありますけれども

すごく懐かしく見てたんですが

判例タイムズ社の編集部に
長いことおりまして。

そうだそうですね。
その当時は 最高裁 行ったり

地方裁判所 高等裁判所 法務局

法務省ですか まあ いろんな所に行って
裁判官にも お目にかかって

なかなか皆様 すさまじく忙しい
お仕事されてるので

とても個人的には
お話しできませんけれども

そのころ ちょっと書いてみた詩が
あるんです。

「裁判官のくび」っていう
本当に 大した作品じゃないんですけど。

いや その詩を拝読するとね
裁判官って もう ほんとに自信満々で

てこでも動かないようなね そういう人に
見られてるのじゃないかなと思いました。

はい はい そうですね。
そうなんですか?

はい。 何か 私は 裁判官は やっぱり
あんなふうに判決を下すけれども

裁判官だって 人間なんだし
本当に そんな中立の立場で

しっかり 判決を下せるものなんだろうか
そもそも そういうシステムって

ありえるんだろうかってぐらいに
思ってしまって

人間が 人間を裁くって できるのかな?
なんて思ってたんですね。

ですから その体の中では まるで
権力のようなポジションにいる

この くびという重大な柱を揺さぶって
本当に揺るがない信念や

その原理っていうものが
あるのかっていうのを

何か この詩の中で
ぶつけてみたかったんです。

やっぱり 人間が人間を裁く以上はね

揺れたりなんかするのが当たり前なんで
それがなければ

人間のやる裁判では ないんじゃないか
というふうに思いますけどね。

神様ではありませんもんね。
神様じゃないですよ。

少し 何か裁判官 偉そうに
しすぎてるんじゃないかっていう

気がしてしょうがないですよ。
他の裁判官 見てると。

何かね 自分は 一段上にいてね お前たち
上から睥睨してるような感じでしょう?

あれがね 僕は 本当好きじゃないです。
そうですか。

やっぱり 同じ目線でいたい。
そうですよね。

実際に 壇の上ですね あれ。
本当に高いんですよね。 高いんですよ。

本当 見てる風景が違うだろうなと
思います。 違います。

裁判官が あまり そのね あんまり
その見かけは ともかくね

内面は ちゃんとね もっと
グラグラしてくれた方がいいんですよ。

むしろ グラグラした方が。
した方がいい。

グラグラするっていうのはね
最終的な結論に到達するまでの間にね

いろいろ迷って ああじゃないか
やっぱ こうじゃないかと

やっぱり こうかなということを
さんざん繰り返した末にね

そして 一つの結論に到達するというのが
裁判官のあり方なんで

それを 全然しないで
最初から一つ一つの立場にね

これが 絶対正しいんだというふうに
思い込んで

ガッと 結論出しちゃうというのは

やっぱり 人間の裁判ではないな
というように思うんですね。

何か法律っていうと
一般人 私もそうなんですけれども

とにかく 白黒つけられるもの
何か刑罰も はっきり決まっていて

何か すっきりする印象を
持ってしまいがちなんですけれども。

白黒じゃないんですよ。
白か白 黒か黒でないかなんですよ。

そこを 白黒つけるって言っちゃうから
紛らわしくなるんですよ。

黒か黒でないか?
そうそう そうそう。

guilty or not guiltyなんです。

そうですね。 なるほどね。
最後は 証拠でね

もう犯人と断定するだけの
確実な証拠があるかどうかと

それが なければ
犯人らしく思っても not guiltyですよ。

not guiltyで 罪で無罪と。

最終的にはね
そこ行くまでには 揺れますよ すごく。

そうですよね。
よくね 無実の人を

処罰しないということに
力を入れすぎちゃうと

真犯人が 逃げちゃうんじゃないか
というふうに言ってね

もっと真犯人処罰の方に
力を入れるべきじゃないかと

こういうふうに 反論する人がいるんです。

つまり 真犯人を取り逃がしたこと
それは確かに好ましくないことですよ。

それは それで 社会に害毒を
害悪を与えてしまうということで

非常に よくないんですけど

他方 無実の人を
処罰しちゃうということになると

無実の人に いわれなき苦痛を

与えてしまうだけじゃなくて

本当の真犯人は
取り逃がしちゃってるんですね。

だから ただ単に
真犯人を取り逃がしてしまう場合よりも

格段に罪が重いというふうに
思うんですね。

…という その考え方は
もう何千年も 長い間かかってね

出来上がった考え方で
ここは 譲れないんですよね。

これを譲っちゃうと 本当に その
無実の人を処罰することになっちゃう。

そういうことですよね。

木谷さんは 1937年
神奈川県平塚で生まれました。

実家は 普通の家庭とは
少し様子が違っていたといいます。

父親は 「日本囲碁界の父」と呼ばれた…

自宅は 木谷道場と呼ばれ 15人ほどの
弟子が 寝食を共にしながら

囲碁の腕を磨いていました。

母の美春さんは 実の子を含め

20人以上の
子どもの世話に追われていました。

木谷さんの幼少期は
決して楽しいものではありませんでした。

私の まあ家庭のことを言いますとね
7人きょうだいで

私が物心ついた頃は
1番下の方は いなかったんですけど

姉がいて 兄がいて 妹3人
そして弟ですからね 7人きょうだいで

まあ その上の
4人ぐらいがいたわけですけど。

たくさんの中で しかもお弟子さんもいて。
十数人いますからね 大変ですよ。

母親 目行き届かない。
そりゃそうですよ。

それから兄はね これ とっても
頭のいい人だったんです。

何も… で 一見とっても
おとなしくて いい子なんですよ。

それで ちょっと ずる賢い。
そういう人間です。

で その兄と
遊ぶんですけど

兄は 大体ちょっと
意地悪なんですよ。

それで 私を
いろいろ からかって

要するに
おちょくるんですね。

おちょくって こっちが 癇癪を起こしてね
その殴りかかっていったりすると

それが 結構 生きがいみたいな感じ。

しょっちゅう
そういうこと やってたんですよ。

だから しょっちゅう兄貴には
意地悪されて そして そのキレて

こっちが キレて
うわ~って やるわけですね。

そうすると そこで母親が出てきて
「何です? 明ちゃんは

お兄ちゃんは ケンちゃんは
おとなしくて いい子なのに

明ちゃんは どうして そんなに
乱暴なんですか」って怒られるわけですよ。

それ そういう経験を
しょっちゅうするわけですね。

私が 兄貴に いじめられて
殴りかかっていくと

その結果だけ見てね そして その

「何です? 明ちゃんは」と言って
怒られるわけでしょ。

これは駄目だということ あとからね

裁判に やっぱり被告人の言い分を
よく聞かなきゃいけないっていうのは

その辺が 影響してるんじゃ
ないかなっていう気がするの。

本当かどうかは 分かりませんよ。
ありそうですね でも。

あとから思うと
そうじゃないかなと やっぱり。

幼年時代がね。
犯罪には 必ず動機があり

背景事情がある。
そうですよね。

それを ちゃんと聞き出さなければ
正しい裁判はできないはずだと。

そうなんですね~。

先生は どんな学校時代
過ごされましたか?

だからね ほんとに
かわいそうな生徒だったんですよ 僕も。

体が ひ弱ですよ。
それで 頭が 頭でっかちでしょ。

それで からかわれる。

そして ケンカが弱い かけっこが遅い
もう 体操 全然駄目ということで

男の子の中では
大体 バカにされてますよね。

それでね 悪い友達と
いっぱい つきあったわけですよね。

そういう まあ 不良っぽい。

そういうやつの仲間に入れられて
その下っ端を やってたわけですよね。

そんなとこ 僕は そこに
居たくているんじゃないんだけど

抜けられないわけだから
暴力団と一緒なんですから ははは…。

そうですよね。
そういう 暗い暗い 小学校時代。

そういう
どん底時代を経験してますから

だから まあ その被告人が
ひどい生活からね

その悪の道に
走っちゃったような人が来た時に

その人の気持ちが よく分かるんですよ。

そこが ほんとにね まあそれが
ありがたいったら変だけど

よく いじめてくれたなというふうに
思うんですけど。 はははは…。

そうですか。 いじめられない

いじめられたことのない人間に
分かんないことありますよね 確かに。

ありますよ。

22歳の時 司法試験に合格。
法律家の道を歩み出します。

幼少期の体験から
弱い人の立場を理解し

公正に判断できる仕事をしたいという
思いからでした。

そして 東京地裁で 判事補として
裁判官の仕事を始めます。

ところが
予期せぬ現実を目の当たりにします。

裁判では 十分な審理がなされず
検察の調書を追認するだけ。

「何のために 裁判官になったのか」。

思い悩む木谷さんは その後の人生を
決定づける ある裁判官と出会います。

戦後 最高裁の担当者として

GHQとの交渉にもあたった
エリート裁判官でした。

木谷さんは 裁判長とともに審理を行う
陪席裁判官として 隣に座り

裁判の進め方を学んでいきました。

この方が来るということになった時に
周りから すごく同情されましてね。

「樋口さんが来るんだ。 大変だな 君」って
随分 先輩から同情されました。

「なぜですか?」って言ったら
「あの人の陪席は殺されるんだ」。

「殺しのカツ」という異名があるんだと。
殺しのカツ。

そういうような 樋口 勝ですからね

「殺しのカツ」という
あだ名があるんだ というくらいに

恐れられた人なんです。

やっぱりね すごい仕事師なんですね。
ものすごく仕事をするんで

陪席も付いていくのが
すごく大変だということで

そういう あだ名が付いてたらしいです。

木谷先生は 叱られたこととか…。
いや ありましたよ~。

しょっちゅう叱られましたよ もう。
あっ そうなんですか。

めちゃめちゃ叱られましたよ。
え~ そうだったんですね。

そりゃ そうですよ。
怖かったですか?

だから そういう時は怖い。
怖い そうですか。

だけど やっぱり 心の底は温かいのは
感じられるんですよ。

そうなんですね。
うん。

樋口さんは 若手の木谷さんに
厳しい指導を続けていきました。

(取材者)これは 何ですか?

(取材者)全部 手書きですね。
手書きです。

木谷さんが書いた判決文の原案。

その行間に 樋口さんの修正が
びっしりと書き込まれています。

そんな中 法廷の場で 樋口さんの
別の一面を見ることになります。

それは 「被告人の声を徹底的に聴く」
という姿勢でした。

法廷で 自分の心情を口に出せない
被告人に対して

樋口さんは 場所を変え
尋問を行うこともあったといいます。

被告人に きちっと ものを言わせよう
という気持ちが強かったですね。

被告人が 法廷で もじもじしながら

「何もありません」というふうなことを
言うとね やっぱり何か機嫌悪いんですよ。

それで 何か言いたいことがあったら
言いなさいということで

しつこく いろいろね 聞くと。

被告人は 自分で言いたいことを

必ずしも 捜査の段階では
聞いてもらってないんですよ。

言おうとしても なかなか

お前の言うことなんか
問題にならないということで

ポンポン 蹴られちゃいますから

裁判になったら
本当のことを言いたいんだと

聞いてもらいたいんだという気持ちで
法廷に入りますから。

それを その裁判官が
本気になって聞いてやると。

聞いてあげると聞かせてもらう。

それが 意外に難しい。
難しいんですね。

もう 言ったって どうせ駄目なんだよ
ということで もう口を閉ざしちゃう

心を閉ざしちゃう
そういう被告人が いっぱいいます。

その閉ざしちゃった被告人の心を開くと
開かせるということが 意外に難しい。

なるほどね~。

それこそ 上から見下ろすような視線では
駄目なんですね。

対等の人間として 聞いてあげると。

聞かしてもらうということが
必要なんですね。

それは つくづく感じました。

偉そうにはしていないですよ 私はね
法廷で 偉そうにはしない。

それで 法廷では
「被告人」なんて言わないですから

なになに君 なになにさんとかね
いうふうに いうわけですよ。

それで 目線を ちゃんとね
しっかり見てね うん。

ほぼ すべての裁判官も
名前を呼ぶんですか?

みんな 被告人といいますよ。
あっ そうですか。

それは 冷たいですね ちょっとね。
うん。

あ~ それは大きいですね
名前を呼ばれるっていうのは。

なになにさん。
そうですか。 それで随分違いますよ。

違いますね。
うん。

たった1年3月期の
交流だったんですけど

それが その後の何十年分の
経験に匹敵するような

すばらしい経験になりましたね。
その後の財産ですよ。

ああいう経験しなければ

刑事裁判のほんとの在り方っていうのをね
経験できなかったかもしれない。

樋口さんとの出会いから
裁判官の本質を学んだ 木谷さん。

陪席裁判官としての経験を積んだ後
50歳で 地方裁判所の裁判長になりました。

その最初の年 被告人との向き合い方が
問われる事件が起こりました。

母親が 幼い子ども3人に手をかけ
自らも命を絶とうとした事件でした。

裁判の争点は 当時 うつ病だったという
母親の責任能力の有無でした。

検察側は 捜査段階で行った
精神鑑定に基づき

「責任能力が 無いとはいえない」と主張。

それに対し 弁護側は 「うつ病は重く
責任能力は無かった」と主張します。

それに沿う鑑定結果も得られました。

両者の主張が食い違う中

検察側は 更に もう一度
鑑定すべきだと 強く訴えました。

まあ あの いろいろ審理をしてみた結果
この人の病気が相当重いという

この弁護側の鑑定人の言ってることは
大変 もっともだと。

我々を 納得させるに十分だったんです。

病が そうさせてしまったんだっていう
見方ですよね。 そうですね。

被告人に寄り添う姿勢を貫き
その声に耳を傾け続けた 木谷さん。

そこから浮かび上がったのが
被告人の 母親としての姿でした。

この人は ほんとに いいお母さん。

ちょっと世話焼き
完璧すぎるところはあるけれども

子どもを かわいがる
お母さんだったわけですね。

一番上の男の子が やっぱり
お母さんと同じような症状を呈して

うつ病的な症状を呈してたんですね。
そうなんですか。

やっぱりだから 自分と同じような症状を
呈した息子を心配してね

病院に連れて行って
何とか治そうとしてる。

自分が 病気であるにも関わらず

息子のことは もっと心配して
一生懸命やってるんですよ。

で ご主人が 子育てにあまり熱心でなくて
仕事人間だったから

大体 奥さんに任せっぱなしみたいに
なっちゃったんですね。

そういう状況で お母さんと子どもの
家庭生活だったわけですよね。

そんなんで 子どものことは
すごく心配して

いろんな面倒見てたということは もう
それは明らかなんですよ。

そのうちに 息子が自分を殺してくれと
言いだしたんですね。

やっぱり悩むわけですよね
そういう状態でもね。 ほんとに。

そういう言葉の端々に 子どもを一生懸命
愛して育てていたんだなということが

よく分かります。

ともかく それで この人を
これ以上 この審理 鑑定してるとね

また何か月も かかってしまう。

そういうことをやってるのは
あまり意味がないから

もう この段階で 審理は打ち切って
そして判決をしたいということを言って

検事側の再鑑定の申請は
却下したんですね。

検事は怒りましてね そんなものはね
高裁に控訴を申し立てればね

お前の判決なんかは どっかへ
すっ飛んじゃうぞということを

言外に におわせてるわけですよ。

だけども そう言われてもね

必要ないものは 必要ないということで
やっちゃったんですよね。

そこが この事件の
一番大きな審理の山でした。

木谷さんは もう一度 鑑定すべきだという
検察側の主張を退け

裁判を結審させました。

下した判決は 無罪。

3人が亡くなった事件としては
異例の判決でした。

更に 異例だったのは
「若干の補足説明」として

被告人の その後の人生にまで
向き合おうとしたことでした。

判決文では そういう法律論を超えて
裁判官が補足して書くっていうことは。

あまりないですよね。
あまりないですか ああ。

ただまあ この事件は
子ども 3人も殺しちゃっててね

そして それで無罪でいいの? と
一般の人が思うかもしれません。

検事は もちろん思いますね。

だから 検察官に対する説得
社会一般の人に対する説得

それと本人に対する語りかけというような
いろんなものが含まれてると思います。

それは だって この人は
もう強烈な体験ですから。

こういう強烈な体験を ずっと今後
引きずっていかなきゃならない 長い人生。

そういう立場に置かれてる人ですよね。

その人の気持ちを 少しでも軽くして
やりたいという気持ちはありますよね。

それを聞いたお母さん
救われたと思いますけどね。

そういう 恐らく
言葉があれば 法律論だけでない

ちょっとした はみ出した部分が
人の心を説得したと思いますね。

あの私 この人と 後にね
この被告人と 後に再会したんです。

あの 一緒にね
お昼を食べたことがあります。

その時に いろいろね
お話を聞きましたよ。

この人は やっぱり そのあと
病気を克服して社会生活をしてね

今は ボランティア活動してるって
なってましたけど

子どもを 手に掛けてしまったという
苦い記憶 これは 母親としては一生ね

意識がないわけじゃないんですから
人格が違うといったって

同じ人が 手に掛けたという
その記憶は 残ってるわけですから。

そうですよね。 それで その人は
その罪の意識に さいなまれて

海外の山に登ってはね
なになにちゃん ごめんなさい

なになにちゃん ごめんなさいって
言ってね 大きな声で叫んでね

そして おわびしてるんだ
というようなこと言ってましたね。

だから 私が 判決に書いた「被害者は
この母親自身だ」というような考え方は

あながち間違ってなかったんじゃないかな
という気がしました。

私も 自分の息子のことを考えながら

母親としての彼女に重ね合わせるんです。
自分自身を。

そうすると 自分が 子どもといた
幸福な時間が ごっそり奪われて

自分が奪ってしまったわけ
なんですけどね。

そういうことなんですよね。
だけども ほんとに まさに

自分1人で その後の人生を歩んで
いかなければ いけないわけですから

一生 罪を背負っていくわけですからね。
そう そういうことなんですよ。

これは つらいことだと思いますよ。
大変なことですよね。

まあ そういう人を もういっぺん
刑務所に入れたら

どうなるのかということですよね。

意味があるんだろうかと思いますね。
意味ないんですよね うん。

その辺はね
この事件で つくづく感じました。

「被告人の言葉に 耳を傾けることが
自分の使命である」。

裁判長になって 4年目の冬

その信念を揺るがす
苦い出来事が起こります。

覚せい剤使用事件でのことでした。

当時 木谷さんの陪席裁判官をしていた
藤田さん。

木谷さんの様子を鮮明に覚えています。

裁判では 警察による検査で
被告人の尿から 反応が出たという

決定的な証拠が提出されていました。

それでも 木谷さんは
被告人の言葉に耳を傾けます。

「私は やっていない」。

その言い分は
にわかには信じがたいものでした。

検査用に提出した尿を 警察官は
その場で検査することなく持って行った。

それから 20分ほど
警察官は戻ってこなかった。

その間に 尿が すり替えられたに
違いないという主張でした。

木谷さんは 警察官を証人尋問するなど

時間をかけて
その真偽を探っていきました。

その主張を よく聞いて
そして調べてみると

それが うそだと ちゃんと警察が
きちっと やってたんだということが

なかなか言えなくなってきちゃって

これは 結局 無罪になるんじゃないかと
いうような感覚を持ちましてね

この被告人
ずっと勾留されてるわけですから

そんな被告をね
無罪になるかもしれない被告をね

いつまでも勾留しておくのは
よくないから

保釈しようということで
保釈決定するんですよ。

そうすると検事がすぐにね 抗告をして
高裁は そんな事情 分かんないですから

すぐ こんな事件で保釈する
とんでもないということで

ぼんぼん ぼんぼん取り消すわけですよ。

て 今度は かなり詳しく
事情を書いてやるんですけど

高裁は 取り上げなくて
何度か取り消されましたね 保釈決定は。

そうなんですか。
最終的に保釈が認められまして

被告人は 釈放されたんですね。
はい。

そこから問題なんですよ。
えっ どういう?

それからが 大変だった。

やっとの思いで認められた保釈。

しかし その僅か数日後…。

被告人が 再び
覚せい剤使用の容疑で逮捕され

今度は 本人も認めているという
連絡が来たのです。

がく然としました。
がく然としましたか。

やられたって感じ…。
ちょっとショックですよね。

検事はもう 例によって
勝ち誇ったように言ってきますからね。

あ~ そうでしょうねえ。
勝ち誇ったように。

言わないこっちゃないですかと。

こんな被告の言い分に まともに
つきあってるから こうなるんですと。

だから これはね とんでもない

最初の事件のね 言い分も
全部うそなんですと。

両方とも有罪なんですと
こういうふうに言うわけですよ。

裁判の争点は 最初の事件の
被告人の言い分を どう判断するか。

「絶対の真実は分からない」。

悩んだ末 木谷さんは

「それでも 最初の事件は
黒とは言い切れない」として

無罪の判決を下します。

さあ 前の事件について どう自分が
向き合っていくべきかということは

やっぱり それは しばらくね
心の整理するまで悩みますよね。

もうお前 あとで
事件やっちゃったくらいだから

前の事件も ほんとなんだということで

これは 両方とも有罪としてしまえば
簡単ですよ。

判決も そんなに詳しく書かなくても
恐らく 高裁で ひっくり返ることはない。

そういうこと考えると
楽をしようと思えばね

両方とも有罪にしちゃうのが
一番簡単なんです。

まあそれで 木谷さんは
なぜ そんな再犯した被告についてもね

前の事件 無理に無罪にするんだとかね

そういう目で
見る人だっているはずでしょ。

検事は もちろん そう思いますからね。

で 下手すりゃ その部分について
検事が控訴すると。

控訴で ひっくり返る恐れもあると。

だったら あんまり
意味ないんじゃないかとかね。

そういうような雑念もね 絶対
生じないっていうことはないですよ。

人間っていうのは 何かこう 先入観とか
思い過ごしじゃない 思い込みですね。

そういうのがありますね。
それが 一番怖いことなんですね。

裁判官は そういうことに とらわれずに

率直に判断できるはずだということに
なってるんですけど

やっぱり 裁判官も人間だからね。

で 本当に こうだったということを
知ってるのは 被告人だけなの。

そうですね。

法廷にいる中で 法廷にいる人の中で
真実を知ってるのは 被告人だけだと。

そういう
真実を知ってる被告人に対して

これが真実だという判決をする
裁判官というのは

いかに恐ろしいことをやってるんだ
ということをね 考えなきゃいけないと。

そうですね。

裁判官が 真実だと考えることが

本当の真実なのかどうかということは
他の人 分かんないですよ。

被告人は分かっちゃうんです。
そうですね。

被告人だけは 全て分かるんですね。
分かっちゃう。

ほんとですよね。

この辺に…。

神ならぬ 人間の裁判官は
真実に たどりつけないかもしれない。

ならば 人が裁く意味とは何なのか。

木谷さんには
その よりどころがあります。

それは 自分が裁いた被告人からの手紙。

中には 12通も送ってきた人もいます。

暴行や恐喝などで少年院に送った
男の子でした。

これ 少年事件やったんですね。
はい。

それで この少年がね
次々と うそを言うんですよ。

次々と うそを言う。
は~ なるほど。

それでね 弁解を次々にたどってね

いろいろ 調査官に
家裁調査官って いましてね

家裁調査官に調べてもらうと

本人が言ってることは 全部 うそっぱちだ
ということが分かってくるんですよ。

そうすると
また次のうそを言っていくんです。

それも調べてみると また うそ。

それ 全部分かっちゃってですね

それで結局
その人を 少年院に送ったんですけどね

そのあとね この 少年院からね
手紙くれるんですよ。

それで
それがね またほんとに筆まめなやつで

次々にね
もういっぱい 十何通 来てますよ。

うわ~ すごいですね。
そういう被告人 少年がいました。

だけど まあ 僕の法廷では
言えばね 全部つきあってくれたと。

それが やっぱり本人には
うれしかったんじゃないですか。

そうでしょうね。
うん。

この人が どういう人格なんだ
ということを

被告人は 敏感に察知すると思うんですよ。

まあ やっぱり権力に迎合する人だとかね
もう 被告人を見下す人だとか

それから その 包容力のある人だとか
そういうことをね

結構 その ちょっとした言動でね
敏感に感じるんですよね。

ほんと そう思いますね。
だから 人格って大事なんですよね。

木谷さんとの出会いで その後の人生が
大きく変わったという人がいます。

(取材者)失礼します。
(男性)はい。

取材に応じてくれた この男性は
以前 暴力団の組長でした。

30年ほど前 借金返済をめぐって起きた
殺人事件で 犯人として起訴されました。

その裁判を担当したのが 木谷さんでした。

それまで 10回以上の前科があり
何度も裁判を受けてきたという男性。

木谷さんの様子は これまでの裁判官とは
違っていたといいます。

3人の裁判官おる中で 木谷先生だけが
もう私の顔から 目を離せへんのですよ。

じ~っと 私を…

もう こっちが嫌になるぐらい
目が合うんですよね 目がね。 ええ。

そっから 裁判が
木谷先生との裁判の始まりです。

この裁判官は ほんまに違うなって。

私の言うことを
ほんまに真剣に聞いてくれてんなあ。

だんだんだんだん
やっぱり 人間って分かりますやん。

穏やかな目 表情っていうね。

それで 振り向いて 私を見る時でも

何か 私の勝手な感覚
思い過ごしか分かりませんけどね

あ ちょっと にこっとしてくれたなとかね
そんなことも感じたことがありました。

公判で 男性は
自分は実行犯ではないと主張。

木谷さんたちは 通常 あまり行わない
裁判所による現場検証など

丁寧な審理を重ねました。

その結果 現場にはいたが
実行犯ではなかったと分かり

殺人罪から 殺人ほう助へと
罪状が変わったのです。

やっぱり 犯罪者の
私みたいな こんな人間のね

私が自分で言うの おかしいけどね

そんな人間のね 言うことをね
やはり信じてくれたと。

もう こんだけ信じてくれて
うれしいなと思ってましたよ。 うん。

服役後 男性は 塗装業や工務店の
経営をしながら 暮らしてきました。

その間 度々あった 暴力団からの誘いも
全て断ったといいます。

その背景には 木谷さんと交わした
ある約束がありました。

裁判の中で
「今後 暴力団には かえらないか。

真人間として 社会人として生活できるか」
っていうことを聞かれた時に

私はもう 即 「はい 私は もう二度と
暴力団の世界には戻りません」 言うて。

木谷さん 「みんな そう言うけどね
みんな戻るんだよ」 言うて。

「いや 私は戻りません。
見とって下さい」言うて 言いましたね。

木谷判事さんが あんなことをね

カタギになるんかっていうことを
聞いたこと自体がね

やはり まあ 私にとってはね
「ほんまになれ。 お前なれよ」って

言うてんねやろうなって
やっぱ 思いますやん。

だから 絶対 裏切れへんっていう。
裏切ったらいかんっていうね。

だから 何もせんでも
自分でもう 勝手にそうなってますねん。

裏切ったら 自分が恥ずかしい。
そうでしょ。 ねっ。

それでなかったら 26年間もね こうして
真面目にやってこれません。 はい。

そういう いろんな被告人たちがいて
それで 被告人たちも

その後 いろいろな人生を
送ることになると思うんです。

先生は やっぱり彼らに 一人の人間として
立ち向かうっていう姿勢を

ずっと続けていらっしゃるんでしょうか。

そのことによって
何か 裁判が終わったあとに

何か… 何かが起こるっていうことも
あるのかな。

いや あの そういうことを期待して
やるわけじゃないけども

やっぱり 一人の人間と人間とが
法廷で相まみえて

そして 片っぽは裁かれる。
片っぽは裁く人間。

立場が違うわけですけど。

まあ あの 立場は違うけれども やはり
同じ人間同士なんだという前提で

相対していきますから
まあ そういうことが結果としてね

本人たちも 人間として
扱ってもらったんだという

気持ちが残る可能性はありますよね。

しかし まあ 証拠に照らして

お前の言い分は
どう考えても採用できない 残念ながら。

そういうふうな判断になることは
あるけれども

それは それとして
やむをえないことなんですよね

裁判である以上は。

そこで まあ あの…

人間と人間なんだということを
根底に持って 相対するということが

一番大切なんじゃないかなという
感じは持ってますね。

最後に 裁判 判決の時に
裁判官 よく訓示をしますけどね

その訓示なんかじゃなくてね
もう審理の中からね 中で

そういうことを感じ取ってくれる場合が
あるんじゃないかと私は思いました。

訓示っていうのはね まあ 私なんか
あまり そういうの上手じゃないけど

ああいうの好きで
一生懸命やる人もいるんですよ。

だけどね
それは 審理の中身が伴ってなければ

ほんとに薄っぺらいものになります。

人間は いくら悪そうに見えても
いつかは改善できるんだという

ロマンを持ってないといけないと
思いますよ。

もう 極悪人は
絶対なおらない なんていうふうに

思ってしまったら やっぱりもう… ねえ。

人間のする裁判というのは
人間のする裁判のいいところがある。

というのは 法廷で
人間と人間のね ぶつかり合いというか

心の ぶつかり合いがあるわけで

そういう過程を通じてね 被告人は
何か感じるようなことがあるはずだと。

それが 人間のする裁判の
いいところなんだというふうに

思ってるんですよ。

被告人は 結局 弱い立場ですよ。

そういう弱い立場にいる人が
いくら暴れたってね

だからって
それを憎んじゃいけませんよね。

それを その運命 左右するのは
裁判官なんですから。

それは そういうものとして受け止めて
冷静に対処しなきゃいけないと。

それはそれで かわいがるというか
愛せるというか

そういうような気持ちがないと。

被告人を愛するっていうのは…。

うん まあ 愛するっていうか。

被告人…
まあ 愛するっていうのは変ですよね。

変だけど。
いや… いえ。

その被告人を そのままに受け止めてね
そして その人の言い分を

しっかり聞いてやるということに
尽きるんじゃないですかね。

だから 人間 何か お母さんと子どもに
置き換えてもいいんですけど

間違いを犯した
とんでもないことばっかりしてる

子どもがいたとして
叱りますけれども

その罪や間違いをもって
その子を嫌うわけでもないし。 そう。

愛っていうのは
全部 くるみ込むことですよね。

そう そうですね。
罪とか間違いとか。

おっしゃるとおりです。
ミスとか。

被告人を 愛でくるんでね
愛情でくるんで

そして
お前の言い分は よく分かるけれども

やっぱり そういうことをやってちゃ
駄目なんだということを

本人が自覚できるような方向に持ってく
ということが大事なんですね。

まあ やたらと 何でもかんでも
刑務所に入れればいいんだというように

考えてはいけないと思うんです。 うん。

裁判も やっぱり一つの
そういう その

有罪であること 間違いない
という被告人にとっては

教育の場だと思います。
ああ。

♬~

東京高裁を最後に 木谷さんは
62歳で裁判官を退官しました。

しかし 12年後
74歳で司法の場に戻ります。

裁く側から 裁かれる側へ。

今度は 弁護士として

弱い立場にいる人たちのそばに
立ち続けています。

あ 先生 それ初めてです。

是非 あの それをしてみたいと思います。

この2年間 続けて担当しているのが

窃盗症と呼ばれる 精神疾患を抱える
被告人の弁護です。

アメリカの医療現場では
明確な診断基準が設けられていますが

日本では 十分な理解が広まらず

刑罰を受けては 盗みを繰り返す人が
後を絶ちません。

木谷さんは去年 前科が8回ある男性の
弁護を担当しました。

しかし 裁判に敗れ
男性は刑務所へと送られました。

木谷さんが 窃盗症にこだわるのには
理由があります。

30代 まだ 窃盗症に関する知見が
一般的でなかった頃

理由もなく 盗みを繰り返す被告人を
動機不明のまま 刑務所へと送ったのです。

裁判所に提出した文書の中で

自身が抱える
後悔の念も書き添えています。

「あの事件は 当弁護人にとって

『忘れられない
若き日の苦い思い出』であり

『心に突き刺さった棘』でもある」。

「しかし その判断は 一人の人間の
今後の人生を決定的に左右する。

まさしく 裁判所の判断いかんに
かかっているのである」。

80歳 超えられてるというのが。
83歳です。

83歳。 今は弁護士として
お仕事を続けられている。

それ なぜ
そんなことができてるんだろうって

素朴に思ったりするんですが
ご自分の中で何か…。

まあ そう正面から聞かれると
困るんですけど。
アハハハッ。

まあ一つは
家内を亡くしてることがありますね。

はあ はい。
70歳の時に亡くしちゃいましたから。

老後は 家内と2人で
楽しく過ごす予定だったんですよ。

だけども
予定が全部 崩れちゃいましたから。

そうなったら
一人で生きてくわけでしょ。

一人で生きてく場合に まあ せめてね
自分が これまで やってきたことが

多少とも世の中のためになるんだったら

やっぱり そういう方面でやっていきたい
というふうに思いますよね。

まあ 幸か不幸か 私を頼ってくれる人が
若干名 おられましてね。

若干名どころか
たくさん いらっしゃいますね。

それで あんまり十分なことは
さすがにね

80を超えたら さすがに
体力 知力とも衰えちゃって

以前のようには動けないんですけど
まあ 多少とも役に立つのであれば

残りの人生をささげていきたい
というふうに思ってますよ。

だけど 結局 裁判を受ける側になるとね

それは 頼れるのは裁判所だけなんですよ。

だから いくらね
これまで 駄目だ駄目だと言われても

次は 何とか いい裁判
してくれるんじゃないかと思って

こちらは頑張ってるわけですね。

だから やっぱり
裁判所には頑張ってほしい。

ちゃんと きちんとした裁判をしてほしい
というふうに思いますね。 うん。

絶望の裁判所といってね
もう諦めてしまえば

それは そこから
何も先へ進まないわけです。

だから 絶望してますけど
絶望的ではありますけど

やっぱり
完全に絶望するというものではなくて

やはり そこには希望を見いだしながら
進んでるというのが現状ですね。

♬~

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